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2011年 12月 17日

家族性大腸腺腫症と自分。大腸摘出手術。その3。

12月に入っても暖かい日が多かったけど今日は寒い。

12月も半ばに入ったら十数年前なら結構寒かった。

ここ何年本当に異常気象。大丈夫やろか地球。夏にも同じこと書いた気がするな。

便利すぎる世の中。自分も恩恵受けまくり。

地球に優しい生き方。言うのは簡単やけど実践は中々難しい。

今も暖かい部屋でブログを書いてます...。


そんなこんなで前回の続き。

初めての手術を終えて麻酔から醒めた時にまず覚えてるのはベットで運ばれていて、その時に看護士さんから自分の名前と生年月日を聞かれたことでした。

それに何とか答えたものの、自分の体から沢山の管が出ていて、そして体が思うようにならない。

そして何よりお腹がものすごく痛い。

これまでの人生の中で、ここまで痛いという経験が無いくらいに痛い。

管がそこらじゅうから出て、しかも痛さで唸っている弟のその光景に兄貴は心配なのと、かわいそうで泣けてきたそうです。

そんな中、自分は家族のことも自分が今どういう状況なのかもどうでもよく何せこの痛みをどうにかしてほしくて泣き叫んでいました。

手術後運ばれた集中治療室は何とも只ならぬ雰囲気で自分のように唸っている人の声と機械の音が響き、そして今、昼か夜か、また時間が何時なのかわからない手術前とは全く違う世界に連れてこられたようでした。

何をしてもお腹が痛い。いったいいつまでこの痛みが続くのか、いつこの部屋から出れるのか、永遠に痛みも止まず、この部屋からからも出れないかと思うくらい時間が進んでないように思えました。

この時、唯一の救いは数時間置きに打ってもらえる痛み止め。

肩からの筋肉注射はそれはそれで痛いのですが、打ったその後すぐに効いてきて少し楽になる。

でも、1時間もしないうちに効果が薄れてきてまた痛みが戻ってしまう。

唸り声、痛い、痛み止めを打って、この3点セットをリピートで叫んでおりました。

でも泣いても叫んでもこの嫌み止めは一日に打てる回数が決まっており痛いからと言って打ってもらえるものではありません。

この時のどうにもならない苦痛は今でも覚えてます。

日にち薬。それならば時間よ早く進め。痛みがとれるまで眠らせてくれ。

そんな怒りというか嘆きを誰にぶつけて良いのか分からず、只々叫んでおりました。

その後、何とかやり過ごしこの痛みが少し楽になるのは手術から1週間ほど過ぎた頃でした。

この続きはまた次回に。
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by 1971cb750k1 | 2011-12-17 22:47 | 家族性大腸腺腫症 | Comments(0)


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