カテゴリ:家族性大腸腺腫症( 13 )


2017年 01月 24日

良かった。

備忘録です。

年末年始に調子に乗って呑み過ぎ食べ過ぎてしまい胃が不調でした。

そんな中、ここ数ヶ月別の症状で薬をもらいに定期的に近所の病院にも行かねければならなくて、その時に診察もしてもらい1年に1度の胃カメラの検査も去年は2月にして1ヶ月早いのですが何かと早い方が良いかと予約を入れました。

予約は昨日の23日の月曜日で早速検査をして頂きました。

いつもながら自分の体調管理のだらしなさを悔やみ緊張しながら検査に挑みます。

この病院は安定剤を使ってくれるので検査は本当に楽です。

只、今回はいつもより効き目が薄く結構意識はありました。それでも楽ですが。なので意識が割とあるので細胞を取るか取らないかも分かり終了するまで細胞を取ってはいないので悪いところはないかなとウトウトとしながら思いました。

それから少し休んで結果を聞くとこに。

結果はやはり悪いところはなとのこと。毎回どの検査もこの言葉に本当に安心します。

只、自分の持病で診ておいて欲しいところが今回は角度が悪かったのか専用の器具では無いのであまり見えなかったとのことだったので不安がよぎりましたが、検査して頂いた先生も、いつも診察して頂いている先生も1年後で大丈夫とのことで病的気が弱い自分はそれでも本当に大丈夫かと若干不安なのですが二人の先生がそういうならと自分を言い聞かせまた一年後にお願いしますということになりました。

予約入れた日にした採血の結果も1つ結果が出でないところもあったのですが、そこまで悪いところもなく胃カメラの結果と共に本当に良かったです。

今回も何とか良い結果を頂けたので気を引き締めて年末年始のような生活は改めなければと固く思います。

健康第一。忘れないように。

本当に良かった。

良い感じ。

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by 1971cb750k1 | 2017-01-24 12:43 | 家族性大腸腺腫症 | Comments(0)
2015年 09月 28日

今年の検査無事終了。

本日は1年に1回のCTの検査がありました。

いつもながら結果を聞くまでは緊張しますが今年も異常無しの結果でした。

本当に良かった。

TVを見ても亡くなられた方や病気になってしまったという話題が目につきます。

当たり前に思う事が当たり前では無い事は幼少時代からのこの病気のおかげで身に染みて分かりますが、改めて健康は有り難いとつくづく思います。

ここまで健康になって最近何かと少し忘れがちなので原点を忘れずに。

健康に気をつけて、それも余り我慢してストレスを溜めないように。

難しいな。

何れにしても楽しく気楽に。

これも気の小さい自分にとっては中々難しいですが心がけたいと思います。

ようやく秋を楽しめそうです。

良い感じ!
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by 1971cb750k1 | 2015-09-28 17:15 | 家族性大腸腺腫症 | Comments(0)
2014年 12月 15日

今年の検査終了。

今日は定期検診で採血もして異常無し。

これで今年の検査がすべて終了しました。

今年も何とか健康でいられました。

只、周りでは亡くなられる方々もあって本当に悲しく寂しい限り。

この前に学年で三つ上の兄貴の友人が突然病気で亡くなった。

本当に突然。

この間、兄貴と会ったばかり。

その時は疲れてはいたような感じもしたものの亡くなるとは全く思えない感じだったとのこと。

突然の訃報に何が起こったのかも分からない。

親より早く亡くなることは、その両親はもちろん、その本人が1番悲しく空しかったかと思います。

まだ40代。

されど40代。

歳をとるというのはこういうことかと最近つくづく思い知らされることが本当に起こる。

自分も生死に関わる病気をして、というか幼い頃からこの病気と共に生きて来たけど本当に目の前に生死が関わる事が起こった5年前から本当に人生観が変わった。

今日で今年の定期検診と検査が終わって手術をしてから丸5年。

再発無しで丸5年。

やっと少し肩の荷が下りた気分もしつつ、何とも感慨深い気持ちです。

人は漠然と人生は続く、又はそんなことも考えもしないから、建設的に又は献身的に生きられるのだなと思うこの5年でした。

「生死や人生と考えても答えの出ないことは考えても仕方なく、生きているだけで有り難いと思い自分にやれることをやるだけ」と、人生の大荒波を越えて来た先輩が言った言葉が妙に突き刺さり、今更ながら自分のやれることを考えております。

かなり保守的、かなり小さく纏まった方向に進むのは必至ですが、楽しさも嬉しさもかなりの少量で多幸感が得られるようになってしまった我が人生。

それだけが病気をして、又は自分が望んででは無いけど色んな事を経験して得られた強みでしょうか。

生きてるうちに、やれるうちに。

あまり力まずやれたら良いな。

大切な方々のご冥福をお祈り申し上げます。

本当に色々とありがとうございました。

安らかにお眠り下さい。
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by 1971cb750k1 | 2014-12-15 17:34 | 家族性大腸腺腫症 | Comments(0)
2014年 09月 22日

検査結果。

今年は夏もどこへやら。残暑もほとんど無く気がつけば秋。

暑すぎるのも嫌ですが、余りにも短い夏も寂しいもんです。

さて、そんなこんなで今年もこの時期恒例のCT検査を行って来ました。

今年はCTの検査と診察を同じ日にしてもらえるということで結果がすぐ聞けて少し気が楽…。

...楽では無いな。

気をもむ時間がかなり短縮されるだけです。

只、造影剤を使用するCT検査のため、検査終了後30分以内は採血が出来ないため診察の時間を考えるとかなり早く家を出なければならない。

CTの予約時間は午前中のかなり早めなので、強制的にかなりの早起き。

そして早起きしたにも関わらず病院まで行くのに朝の時間帯なので予想より時間がかかってしまい結構焦りました。

そんなこんなで各受付をして採血、CTの検査を済ませ早々と診察室の前で予約時間を待つ事に。

いつもは結構ドキドキするんですが今回はいつもより開き直っていたのかそこまで緊張することはありませんでした。

まだドキドキするんか!っと、つっこまれそうですが、超小心者なので検査結果聞くまで毎回周りが迷惑なくらいうろたえてしまいます。

でも今回は検査当日までそんな気分もなぜか少しまし。

うろたえるのもパワーがいるので歳をとって少し疲れが出て来たのかも知れません。

そんな何とも言えない気分で待つ事数十分診察室から呼ばれました。

やっぱりさすがにこの時は緊張しました。

先生に挨拶を済ませ、椅子に座りCTと採血の結果を聞きます。

画像を見ながら説明してもらい、で?結果はどうなのと逸る気持ちを抑えてさらに説明を聞きます。

一通り見て…。

先生から…。

「異常無しですね」

良かった。

前回、甲状腺に異常が見つかったので、また予想してないことが起きるのではと、ちょっと心配してたけど異常無しで本当に良かった。

只、前回見つかった肝臓の異常はそのまま変わらずで、このまま経過観察ということ、採血の結果も相変わらず微妙な数値の項目もあるけど大丈夫でしょうとのことで一安心。

来月で手術してから丸5年が経ち、今回のCTの検査で一般的に言う一区切りです。

なので今回は感慨深いものがありました。

これで診察が終了する訳では無いようやし、まだ今年の内に甲状腺の検査もあって、もちろん今後も定期的に検査は必要やし受けて行きたいと思っております。

只、何とか無事に5年を迎えられたことが本当に感慨深いです。

未だに診察に行くと5年前に入院してたことを鮮明に思い出します。

その光景、匂い、音。

点滴を引きずりながら見る外の風景は何とも言いがたいものでした。

退院した時の自分は心身共に衰弱してて5年後のことなんて想像も出来なかったけど、こうやって今何とか過ごせています。

健康って有り難いなとつくづく思います。

それをずっと忘れないようにしたいなと思います。


今、診察を受けている病院がもうすぐ取り壊しになるようです。

自分が入院してた頃から建設してる新しい病院がもうすぐ完成するそうです。

もうその新しい病院に診察と検査以外でお世話になるのは遠慮したいです。

その古い病院ではあまり良い思い出は無いのですが、その光景と匂いや音が無くなるのは少し寂しい気がします。

辛い記憶ばかりなのに不思議な気持ちです。

上手く言えませんが何か達成感のようなものがある場所なのでかも知れません。

今度写真でも撮っとこかな。
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by 1971cb750k1 | 2014-09-22 17:20 | 家族性大腸腺腫症 | Comments(0)
2013年 10月 10日

検査結果。

久しぶりの投稿。

この地方は今年伊勢神宮の遷宮があって夏から内宮、外宮のお白石持ち行事に参加したり、毎年恒例のイベントがあったりといつもより楽しくも慌ただしい夏を過ごしておりました。

そして少し涼しくなった(ここ最近は10月とは思えん暑さ!)先月末に、これもあまり嬉しくないけど恒例のCT検査に行って来ました。

それではこれも恒例の覚え書きです。

検査事態は造影剤がちょっと気持ち悪いけど楽なもの。その結果が分かるのがこの日から4日後。

いつものように緊張の中その日を迎え一路病院へ。

採血を済ませ約1時間後自分の診察の番号が呼ばれ診察室へ。

毎度毎度緊張の一瞬です。

先生に挨拶をしてすぐに結果の話かと思えば近況話し。

早く結果教えてーっ!と心の中でびびりながらも叫んでいたところ、いつもとは違う切り口で結果の話が始まりました。

先生「ほとんど問題無いんやけど...」

自分「...」(血の気が引いて行く)

先生「これ見て」

自分「...」(さらに血の気が引いて行く)

先生「甲状腺に何か出来てる」

自分「えっ!?」

この後、先生から何か症状はあるかとか、触診とかされましたが頭の中が真っ白のような、色んな思いがぐるぐると回っているようなであまりよく覚えていません。

気づいた時は先生に「そんなにため息つかんときない。ほんじゃー耳鼻科で診てもらって来て」というわれて放心状態で耳鼻科に向かいました。

耳鼻科にて診察の前になんじゃかんじゃとインターンの実習生に今の症状についての質疑応答があったり、今日は込んでて検査が出来ないかもと告げられたりと中々スムーズには行きません。

初診は時間がかかります。気持ちは焦ります...。

でも思ってたより早く順番がまわってきて診察室へ。

初めての耳鼻科(この病院の)、初めての先生...。

色々と説明がありましたが、先生ぼくは大丈夫なのでしょうかと涙目でうったえてたしか記憶がありません。

画像ではあまり悪いように見えないけど、この出来物の中身を注射で吸い出して一応検査しましょうということになりました。

先生「麻酔なんかしてると余計とその分も痛いで麻酔は無しで!2回注射します!!」

自分「首に注射!それも2回も!!」

気が遠くなりそうでした。

小学生のように「先生その注射は痛いのれすか」と涙ながらに聞きたいところでしたが、そのパワーも無く言うわれるがままに処置を受けました。

注射の痛みはあまりのびびり具合に気がそれたのか先生が上手なのか目出たく痛みはあまり感じませんでした。

そんなこんなでこの日の診察&検査は終了。結果は10日後。

それで本日検査の結果を聞きに病院へ。

この間はちょっと何か開き直ってしまったところもあってか強迫観念がそんなに出ることも無くこの日を向かえました。

でもいざ診察室の前に行くとやっぱり緊張します。目の前で手術日はいつだとか自分もまた手術しなければいけないのかとか悪い方に考えてしまいがちになります。

そして自分の番になりいざ診察室へ。

緊張の一瞬です。(くどいようですが...)

ちょっと間があり先生から告げられた結果は...。

「問題ありません」

これも毎度ですがこの瞬間血の気が戻って目に入る物の色まで鮮やかに見えるような気さえします。

本当に良かった!

今回の病名は甲状腺嚢包。

今回は右側だったのですが、まだ左にも小さい嚢包あって今後他にも出来たり放っておくと、もしかすると悪いものになるかもしれないので今後は経過観察ということになり次回は半年後に検査ということになりました。

自分の持病の家族性大腸腺腫症は大腸以外にも至るとこに色んな病気が発生する確率が健康な人より多いというわれています。

そんなこともあって消化管外科の主治医の先生はいち早く検査を勧めてくれました。

今回はその病気との因果関係は無いと耳鼻科の先生には言うわれ一安心ですが、やっぱり自分の体は注意深く診ていかないといけないなと今回改めて思いました。

今回もそうやけど体が弱いと自分ばかりじゃなく家族や周りにも心配かけることになったりお金もかかるし、それがまた自分も心労になって負の連鎖になってしまいがちになります。

家族性大腸腺腫症と診断されておよそ30年、この前の手術から今月で4年。

中々気が楽になる時が無いけど人生出来る限り楽しんで、摂生するところはして、定期的に検査して心も体も大事にしないといけないなと今回気が引き締まりました。

ちょっと気が揺るんどったかもと反省です。

これで今年の検査は全て終了です。

本当に良かった!

今から色々楽しむぞ!!

良い感じ。
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by 1971cb750k1 | 2013-10-10 18:21 | 家族性大腸腺腫症 | Comments(0)
2011年 12月 17日

家族性大腸腺腫症と自分。大腸摘出手術。その3。

12月に入っても暖かい日が多かったけど今日は寒い。

12月も半ばに入ったら十数年前なら結構寒かった。

ここ何年本当に異常気象。大丈夫やろか地球。夏にも同じこと書いた気がするな。

便利すぎる世の中。自分も恩恵受けまくり。

地球に優しい生き方。言うのは簡単やけど実践は中々難しい。

今も暖かい部屋でブログを書いてます...。


そんなこんなで前回の続き。

初めての手術を終えて麻酔から醒めた時にまず覚えてるのはベットで運ばれていて、その時に看護士さんから自分の名前と生年月日を聞かれたことでした。

それに何とか答えたものの、自分の体から沢山の管が出ていて、そして体が思うようにならない。

そして何よりお腹がものすごく痛い。

これまでの人生の中で、ここまで痛いという経験が無いくらいに痛い。

管がそこらじゅうから出て、しかも痛さで唸っている弟のその光景に兄貴は心配なのと、かわいそうで泣けてきたそうです。

そんな中、自分は家族のことも自分が今どういう状況なのかもどうでもよく何せこの痛みをどうにかしてほしくて泣き叫んでいました。

手術後運ばれた集中治療室は何とも只ならぬ雰囲気で自分のように唸っている人の声と機械の音が響き、そして今、昼か夜か、また時間が何時なのかわからない手術前とは全く違う世界に連れてこられたようでした。

何をしてもお腹が痛い。いったいいつまでこの痛みが続くのか、いつこの部屋から出れるのか、永遠に痛みも止まず、この部屋からからも出れないかと思うくらい時間が進んでないように思えました。

この時、唯一の救いは数時間置きに打ってもらえる痛み止め。

肩からの筋肉注射はそれはそれで痛いのですが、打ったその後すぐに効いてきて少し楽になる。

でも、1時間もしないうちに効果が薄れてきてまた痛みが戻ってしまう。

唸り声、痛い、痛み止めを打って、この3点セットをリピートで叫んでおりました。

でも泣いても叫んでもこの嫌み止めは一日に打てる回数が決まっており痛いからと言って打ってもらえるものではありません。

この時のどうにもならない苦痛は今でも覚えてます。

日にち薬。それならば時間よ早く進め。痛みがとれるまで眠らせてくれ。

そんな怒りというか嘆きを誰にぶつけて良いのか分からず、只々叫んでおりました。

その後、何とかやり過ごしこの痛みが少し楽になるのは手術から1週間ほど過ぎた頃でした。

この続きはまた次回に。
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by 1971cb750k1 | 2011-12-17 22:47 | 家族性大腸腺腫症 | Comments(0)
2011年 11月 29日

家族性大腸腺腫症と自分。大腸摘出手術。その2。

昨日は月に一度の外来の日でした。

10日程前に胃の調子が悪く予約無しで診てもらって以来少しは良くなった感じもするけど、やっぱり胃腸の調子が今ひとつすっきりしない。食道、もしくは喉も相変わらず詰まった感じが治らない。

がん宣告以来、ちょっと調子が悪いところがあるとまたとんでもない病気ではないかと必要以上に心配になる。

人工肛門を閉じて以来、今まで以上に夜もトイレに起きるので慢性的な寝不足。その影響もあって体と心の調子が優れないことが多くて余計に悪循環。

胃の調子が悪いので3週間ぐらいお酒も呑まずに、食べる量もかなり少なくなったので4キロ位痩せてこれまたへこむ原因に。

そんなことを昨日の外来で先生に言ったところ心配なら胃カメラをしたら良いと思うこど半年前にやってるので多分大丈夫だと思う。ストレス過多な気がするから夜呑みにでも行ってパーッとして来たらとの提案。

その言葉に何か拍子抜けしてしまったのと、先生に色々と聞いてもらって安心したのか気持ちが楽になりました。

早速その外来の帰りに昼飯をいつもなら軽いもの済ますところ、あえて重めの食事にしたところ何と胃もあまりもたれることなく何とも良い感じに完食。

何か良い感じやぞと、夜は先生の提案通りに呑みに行くことに。顔なじみのお店に2ヶ月ぶりに行って近況を報告しながら久しぶりのお酒。

最初はおっかなびっくりやったけどビールを一杯呑んだら調子が出てきて何か良い感じ。

そこから三件はしごして最後は撃沈。あんまり量は呑んでないのに久しぶりのせいか、かなり酔っぱらいました。

なので今日は二日酔いやし鍵を無くして探さなければならないしで大変だったのですが、かなりストレス発散になったようで胃も気持ち悪いながらもそこまで悪くなく、喉が詰まった感じもほとんど無し。

やっぱり精神的なものが大きかったようです。

先生のアドバイスはやっぱり流石やなと思いました。楽しかったし心も体も良い感じにリフレッシュ出来ました。

先生ありがとう。


そんなこんなで前置きが長くなりましたが前回の続きを。

中学2年生の夏休みが終わりそのまま新学期に出ること無く入院となりました。

初めての入院。しかも大きい手術。親子共々不安なことばかりでした。でも今思うとこの時はまだ事の重大さを分かって無かったように思います。手術後どんな後遺症が残るのか、またそれによってどんな生活になるのかあまり分かってませんでした。

というか分かってたら手術に挑めなかったようにも思います。知らぬが仏。入院、治療に関しては時としてこれが大事だと思うことが多々あります。

入院してから何日目だったのか覚えてませんが、事前の検査や処置を済ませて手術の日を向かえることになりました。

朝1番からの手術。心の準備もままならない中、手術室に向かうことに。

まずベットに寝た状態で両腕に注射を打たれた記憶があります。その後すぐにふわふわとしてきて何とも良い気分になりました。そんな中ベットのまま手術室に運ばれて行きます。

良い感じに朦朧とした気分の中、家族に励まされながら運ばれて行ったのを覚えています。

そしてとうとう手術室に。手術室に近づくにつれだんだんと気温が下がって寒い感じがしたように思います。

そして手術台に移動。上のライトや色んな機器などその景色はテレビのドラマで見た風景。

何とも不思議な気分でした。今から自分がお腹を切って手術をするという実感が有るような無いような、怖いようなワクワクしてるような注射のせいもあってか何とも現実離れした気分でした。

そして、とうとう全身麻酔。麻酔担当の先生に指示があったら大きく深呼吸をして数を数えて下さいとの説明を受けました。

とうとう来たかと覚悟を決めて、口にマスクを当てられて指示があった後に数を1,2,3とここまでは覚えていますが3以降の記憶がありません。

ここからは起きるまで当たり前やけど記憶無し。自分の事のようで他人事のような時間です。

でも麻酔が醒めてからここまでの人生で一番の苦痛を味わうことになります。

この続きはまた次回に。
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by 1971cb750k1 | 2011-11-29 18:12 | 家族性大腸腺腫症 | Comments(2)
2011年 11月 17日

家族性大腸腺腫症と自分。大腸摘出手術。その1。

半年前ぐらいから、胃、食道の調子が中々すっきりせずに病院にも何度か行ったのですが、ここ数週間また逆流生食道炎らしい症状と胃の調子が優れず、もやもやしてまして今日も朝から調子が悪いので無理を言っていつも行ってる大学病院に診察に行ってきました。

診察の結果はそこまでひどいことはないとのことなので胃カメラはまた来年でも良いとのこと。

それと今日診てくれた先生は2年前にお世話になった先生で、一時期この病院とは違うところへ行ってしまったのですが、最近お戻りになったそうです。

優しくすごく良い先生(この科の先生は皆さん良い先生です。)だったのでまた会えて嬉しかったです。

先生も手のかかる患者だったので人工肛門が取れたこと、そしてまた会えたことを本当に嬉しそうにしてくれてました。

今後も機会があれば診てくださるとのこと。本当に心強いです。

がんと宣告されてから、そして2年前の手術で再入院してから何か少しでも調子が悪いと、またとんでもない病気ではないかと、かなりナーバスになってしまいます。

もう少し気持ちを大きく楽に持ちたいと思うけど中々難しいです。

そんな中、先生は少しでも悪かったら気にせずに来て下さいと言ってくれてるので本当に有り難いです。

普段の生活をなるべく規則正しく暴飲暴食はしないように心がけ体の調子を整えて悩みの種を作らないようにしなければと思います。

でも、我慢のし過ぎもストレスが溜まったりしてバランスが難しいな。

それにしても今日はやっぱり行って良かった。気持ちが楽になりました。どことなく胃の調子も良くなった気がします。

本当、良かった、良かった。



前置きが長くなりましたが、そんなこんなで久しぶりに前回の続きです。

その時、親に先生から告げられたこととは大腸摘出手術の話でした。

この時点では直腸も摘出するということになっていて永久人工肛門になるとのことでした。

ただ両親がまだ14歳の子供が永久人工肛門になるのはあまりにもかわいそうなので何とか直腸だけは残せないものかと相談してくれて、その後、軟便で下痢になり、残した直腸もいつがんになるかわからなく経過観察はずっと必要になるけど、それでも良いならと、直腸を残す方針になりました。

この時の両親が言ってくれてなければ、自分は永久人工肛門になっていました。

この当時こういう判断をしてくれて先生に相談してくれた両親には本当に感謝しています。

でもまだこの時点では自分は何も知りませんでした。

この話が来た頃はまだ夏前。そしてこの当時正直言うと親父のやっていた会社もかなり大変で親父の普段の生活も荒れ気味で両親の仲もあまり良くありませんでした。

そんな中、中学二年の夏休みに両親から旅行に行こうと提案がありました。兄貴は遊びに勉強に忙しく行かずで、ばあちゃんは留守番、なので両親と自分との三人で行くことになりました。

行き先は北陸。行く前もそうでしたが、旅行の道中でも何か違和感を感じてました。

両親の仲が悪いのになんで旅行なんやろ?道中の車の中でもその当時両親の間に険悪な雰囲気がしていたように感じてました。

でも、それでも楽しい時間になるようにとしてくれてたように思います。

そしてこの日のことが忘れられない理由に、旅館について一息つきテレビを付けたところとんでもないニュースがやっておりました。

この日は1985年8月12日。御巣鷹山に日航機が墜落した日でした。

旅館で両親と三人でテレビで報道されるニュースを見ていた光景を今でもよく覚えています。

この年はこの1年前からのグリコ森永事件や長引くロス疑惑など今でも良く覚えている事件があった年でした。

そして旅行から帰って来て自分に両親からあることを告げられます。

それは夏休みが終わったら入院して大腸摘出手術をしなければならないとのことでした。

この時の旅行はどんな体になるかわからない息子にと仲のあまり良くなかった両親が息子が旅行に行ける体の内に最後になるかもわからないと考えてくれた旅行でした。

この続きはまた次回に。
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by 1971cb750k1 | 2011-11-17 15:49 | 家族性大腸腺腫症 | Comments(0)
2011年 10月 30日

家族性大腸腺腫症と自分。家族性大腸腺腫症と聞いた日。

近頃バイクネタがあまり無いですね。書くほどのことが無いというか...。

でも、天気の良い日はこの時期に乗らなくていつ乗るのかとばかりに何か晴れた日の義務のように乗ってます。

毎回飽きもせず同じコースを走ってばかりですが(なので書くネタが無い...。)やっぱり気持ちいい。この時期のバイクは最高です。

でもリヤタイヤつるつる...。ちょっと怖い。来月交換しましょ。

最近はそんな感じで気楽にバイクに乗れる日々ですが、2年前の今日は直腸の摘出手術をした日です。その頃のことからのことを思うと今こうして心身共に穏やかにバイクに気持ちよく乗れてることは何よりも有り難いこと。

皆様と健康に感謝です。

そんなことを感慨深く思いながら前回の続きを。

苦痛で終えた初めての大腸内視鏡とその時摘出したポリープの生検結果は、その後、親に伝えられました。

前にも書きましたが、この頃のことは自分が幼いこともあり詳しく説明されてなく自分のことながらあまりよく分かってません。

ただこの時から半年から1年に1回は大腸内視鏡を受けることになりました。

そして何回目かの検査をした時に初めて説明されたことは、通常ポリープが数個出来たら摘出してまた経過観察し、また数個出来たら摘出という繰り返し。ポリープが出来る数が少なく、同じような数で悪いものになっていく要素が少なければ通常はこんな感じで進んでいくところ、自分は数個摘出して、次回検査するとその倍ではきかないぐらいにポリープが出来ている。それが段々と数が増えていき、そのポリープの生検の結果があまり良いものではない。

そして診断された病名が家族性大腸腺腫症(家族性大腸ポリポーシス)でした。(この病気の詳しいことはリンクを参照して下さい。)

というかこの時は疑いがあるというものだったのかも知れません。

そう聞いても本人は、ちんぷんかんぷん。本当のこの病気の怖さを知ることもなく苦痛な検査を受け続けなければならないということだけが嫌でした。

この頃から2年前にがん宣告されるまで正直この病気のことをあまり深く知りませんでした。

というのも、また詳しく書きますが中学2の時の手術は、がんにはなっておらず予防的なものだったので、その後の検査もこの時、残した直腸にがんが出来ないようにと経過観察していました。

正直、この初めての手術から24年間経過観察していて細胞の生検の結果も良くないまでも直腸を摘出するほどのことまでにはいたらずだったので、がんになるのは怖くても、もう手術も嫌ですし、直腸を取って安心出来ても後の後遺症も大変、また24年も乗り切れたのだからとずっとこのままで行ける、というか行ってくれと思っていました。

この24年間乗り切れてたことで、怖い物に対して見て見ぬ振りをして自分の病気を調べるといこともせず、小さい頃からの通りに先生に任せておけば良いとずっと疑いもなく思っていました。

話が脱線しましたが、つい2年程前まで自分の病気の怖さを知っていませんでいた。

そして、小学6年生から中学2年生まで幾度となく繰り返された検査でしたが、ポリープの数も、もう大腸内視鏡では手に負える数ではなく、生検の結果もあまり良くない、そして家族性大腸腺腫症ということも考えて親に先生からある提案をされることになります。

それは、これからずっとあの苦痛な大腸の検査が続くのかと考えていた自分の遥か想像を超えたものでした。

この続きはまた次回に。
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by 1971cb750k1 | 2011-10-30 16:13 | 家族性大腸腺腫症 | Comments(0)
2011年 10月 25日

家族性大腸腺腫症と自分。初大腸内視鏡。

昨日は月1回の外来。入院してたころからどうも肝臓の数値がちょっとだけ良くない。昨日の血液検査ではビルリビンの数値が高いとのこと。あまり気にするほどではないらしいけど、やっぱり気になる。

その他、おしりの処置で結構ビビってしまった。見方によっては拷問やな、あれは...。でも後々大変にならないための処置。これぐらいで済むなら楽な方だと自分に言い聞かしております。

そして今日から40代。無事に40歳を迎えられたことは本当に嬉しい。皆様に感謝です。今までの経験を糧に、そしてご迷惑おかけしたところは多いに反省し気持ちも新たにがんばろうと思います。


さて、そんなこんなで前回の続き。

前回の注腸検査から程なくして検査結果の知らせが来ました。やはり大腸ポリープがあるとのこと。

早速、大腸内視鏡をすることに。

大腸内視鏡とは、注腸検査の時と同じようにお腹を空っぽにして胃カメラと同様のファイバースコープをお尻から入れて観察し必要があればポリープなどを切除する(場合によっては切除出来ないこともある)検査です。

また検査か...。前回の検査が終わりほっとしたのもつかの間また検査、今度は何やら前回と勝手が違う様子。

でもこの時点では検査自体というより前処置の絶食と、天敵マグコロールの方が憂鬱で憂鬱でしょうがありませんでした。

でも、それが甘かったと気づくのにそう時間はかかりませんでした...。

で、やっぱり危惧してた通り前処置に苦しみ前回同様ぼろぼろで検査に挑むことに。

検査台に乗って先生が来るまでは前回と同様。やっぱりドキドキします。

でも注腸検査の時、バリウム入れる管を入れるのが思っていたより楽だったため割と余裕でいたように思います。

そして記憶が曖昧ですが、この大腸内視鏡検査の詳しい説明を自分にはされて無かったと思います。恐らく詳しく説明したら泣いてわめいて頑に拒否すると母親は考えたに違いありません。

でも少し前回と様子が違うことに注射を打たれ少しもうろうとしながらもだんだんと気づいてきます。

K先生のやさしい言葉も今回は少し勝手が違う。何か緊張感ある...。かなり不安...。

そしてその黒い物体が登場。

K先生の『さー、がんばろか!』

嫌な予感...。

そして程なく予感的中...。

注腸検査とは桁が違ってました。今から28年前のこの時のファイバースコープ自体、性能、苦痛度も含めて今より何かと大変だったように思います。

それを見落としが無いように入念に盲腸まで。そして必要があればポリープの切除していきました。

腸が湾曲したところにファイバーが通るのと、空気を入れて腸を膨らませるのが本当に辛くていつまでこの状況が続くのか時間が経つのが凄く長く感じました。

『先生まだ終わらへんのーっ!』と何度叫んだかわかりません。

あまりに自分が叫ぶのと、腸の状況を先生が説明するのに途中で母親が入ってきました。

検査の様子とその状況、そして叫ぶ自分を見た母親が辛そうな顔と声で自分を励ましてくれたのを覚えています。

そして何とか盲腸まで到達して抜いてくる際にも見落としが無いように観察しながらなのですが、入れている方向よりは少し楽。もう少しで終わるという言葉が何よりの救い。

本当はポリープを切除したら取り出すのですが、自分があまりに痛がるのでそのまま腸の中に放置して、汚い話ですいませんが、排便して取り出すことにしてくれてました。

時間がどれぐらい経ったか覚えてませんが、感覚ではもの凄く長かった気がしました。終わった後もぐったり。凄く疲れました。

これが初めての大腸内視鏡検査でした。今まで何回したかわからないぐらいしてますが、やっぱり嫌ですね。特に腸が全部あった時は本当に辛かった。

でもやっぱりこの時はまだ検査が終わったらお気楽に過ごしてました。

病気の状況も本人には把握出来ないだろうと知らされることは無かったし、検査が終了したらそれで終わりだと思ってました。

ポリープの生検の結果が分かるのがおよそ1週間後。

その結果は最初は親だけに告げられました。

そしてここから中学2年生の大腸全摘出手術までこの検査が続くことになります。

この続きはまた次回に。
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by 1971cb750k1 | 2011-10-25 16:14 | 家族性大腸腺腫症 | Comments(0)