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2010年 12月 31日

2010年、この一年。

今年も今日で終わり。この1年は人生の中でも壮絶な1年でした。

忘れないように覚え書きを。感謝の気持ちと、これからの決意と共に。

去年の10月、誕生日の翌日に家族性大腸ポリポーシスによる直腸がんの手術のため入院。その後手術を終え、順調に回復、そして退院。24年ぶりの大きい手術でした。

ここまではすべて予定通り。

でも退院から2日後、容態が急変。腰からおしりにかけて激痛。その後高熱発祥。この日から連休だったこともあり救急に行くが原因分からず。

休み明け今回の手術を行った病院に連絡。入院の準備をして来るようにと。

そのまま再入院。この時、熱が42〜43度。はじめて意識を失う。

この日から原因を探る検査を行うもしばらくはっきりとした原因がわからず。その後原因は縫合不全だと判明。

はっきりと覚えてないがこの時はまだ12月に入るかどうかぐらいで、年内に退院出来ると思ってました。

その後色々な治療するも炎症による高熱が下がらず熱冷ましを打ってようやく8度ぐらい。また40度以上の高熱のくりかえし。結局これがその後約3ヶ月も続くことに。

治療の結果が思わしくないまま時間は過ぎクリスマスイブの日に思わぬことを主治医から告げられる。

縫合不全のによる炎症の他に、椎間板炎による炎症があると。

さらに病気が増え、この時点では椎間板炎に治療はこのまま悪くなれば手術の可能性も。

そしてこの病気は完治までに6ヶ月から1年かかると告げられる。そして年内に退院は無理。

悲しかった。

腰からおしりにかけて激痛。熱は40度以上。そんな中、大晦日を迎える。

人生ではじめて病院で年越し。でもいっさいの正月ムードを削いでいつもと同じように寝て。新年を迎えた。

これが今年のあまりにも空しく悲しい一年の始まり。

その後この2つの病気の治療は抗生物質投与と安静にして自然に治癒するしかなく、後は痛み止めと熱冷ましの日々が続く。

その後高熱の原因が炎症だけによるものではなく、抗生物質によるアレルギー反応だと分かり治療の選択も難しくなる。

この時位から心も病気になり始める。

その後足腰の衰え防止に痛みに耐えながらすこしづつ立ったり、歩いたりの練習もする。

だんだん食欲も無くなり、テレビも本も見る気が無く、欲というものが全くなくなる。あえてあるとすれば先が見えないトンネルが苦しくて抜けることをあきらめて死にたいと思う日々でした。

その後尿も出にくくなり、さらにアトピーもひどくなり心身共にひどく落ち込む。

この頃本当に心のコントロールがきかずその場にいたたまれずに不安で悲しく消えてなくなりたかったように思います。

抗うつ剤を飲み、寝逃げをし、何とか毎日をやりすごしてました。

見舞いに来てくれる人達を見ると遠い世界から来た人のように思え、自分とのギャップとの空しさ、そして焦りなどが入り交じって号泣ばかりしてました。

そんな日々を初めの入院から数えて5ヶ月間過ごし試し外泊などを経て今年の3月に何とか退院することに。

この時体重は43kg。手術前より16kg減でした。でもここで止まって良かった。正直40kgを割るかと思いました。

そして退院するというのは本来嬉しいことなんですが、入院期間が長く不安要素が多い体で一般社会の生活がこれほど大変なものだと痛感した中での退院は精神的にかなり不安で、退院すのるのが嫌だという精神状態になる経験を初めてしました。

この時主治医のまた悪くなったらいつでも戻って来たら良い。少し無理してでも普通の生活に戻った方が数倍速く良くなる。という言葉を不安ながらも信じて退院しました。

今思うと全く主治医の言う通りでした。すごいな。

この時に久しぶりに履いたスニーカーがあまりにも重たかったのと、この年の冬をすべて病院で過ごしたために外の空気が新鮮で冷たかったのが今でも忘れられません。

ここからが自宅での療養の日々です。

まず3月から6月ぐらいまでは足腰の痛みを伴った中でのストーマーの管理、心のコントロール、そしてアトピーの治療に苦労しました。訳も無く苛立ち家族にあたってしまいすごく迷惑をかけてしまいました。

退院から4ヶ月、梅雨明け間近の頃、久しぶりにバイクにも触れ、お酒も少し飲んでみたりもしました。

そしてこの時あたりからこのブログの主役、自分と同い年の1971年製CB750fouurとの出会いの活動が始まりました。

今年のあまりにも暑い夏にこの弱った体では立ち向かえるはずもなく、バイクに乗って熱中症になりかけながらも何とか心身共に穏やかになって来たことを実感し始めました。

そして1回目の入院してから1年。10月にCBがやってきました。このブログを書き始めたのも10月から。来年もう1度入院することが決まっているためにそれまで何か記録をしていこうと思ったのがきっかけでした。

10月からはバイクに音楽、そしてその後、週1回半日ながらも仕事にも復帰しご飯もお酒も美味しく大げさながら生きることの喜びを実感しました。

そして今日何とか大晦日。本当は毎日不安でまた急に体調が悪くなりまた家族や友達と年を越せないのでは無いかと正直年越し約12時間前の今でも思っている。それぐらい今年の年明け前後の経験は自分にとって深く心に刻まれてるもの。

でもその経験のおかげでより人生が味わい深いものにもなっている。

今日、大晦日のこの日、家のパソコンに向かってこのブログを書ける平穏な心と体があることが本当に嬉しいし感慨深い。

自分の人生は中々波瀾万丈だと思ってきたが去年から今年にかけてした経験は何よりも壮絶で何よりも深い経験だった。

何かがしたい、見たい、食べたい、ふれたい、と思う凄さ、またそれを叶える体や体力の大切さ。

心と体はどこまでも繋がり、どちらが欠けても成立しない。

人生は先が漠然として見えないからがんばれるが、ある日このままでは死んでしまうと分かった時の絶望感と喪失感、またそれに立ち向かう孤独感たるやいとも簡単に人を地獄の淵に陥れてしまう。

人は生まれてから死ぬまでたぶん一人で選択し続けなければならない。その楽しさも苦しさも誰も代わりは出来ないから。

ただその選択に大きく影響を及ぼすのは環境。家族や友達、そして仲間。

先にも書いたように自分の人生は中々壮絶で穏やかなものでは無いが、雄一自慢出来ることは家族や友達、そして仲間にもの凄く恵まれていること。

自分の最大の財産であり宝物。

その人達に囲まれて生きられることが何と嬉しいことか。



守ってくれる家族に感謝。

共に歩んでくれる友に感謝。

音楽は楽しいと教えてくれた先輩に感謝。

帰れる場所を残してくれている師匠方々に感謝。

命を救ってくれた方々に感謝。

心を熱くさせてくれる物や事柄、またそれに関わる方々に感謝。

目に見える事柄も、そうでない事柄もすべてに感謝してます。

自分のために、その人達のために、健康で穏やかに生きられるように来年に待つ山をもう一つ乗り越えたいと思います。



今年一年、本当にお世話になりました。

来年もよろしくお願いします。

それでは皆様、良いお年を。
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by 1971cb750k1 | 2010-12-31 12:53 | 日常 | Comments(0)
2010年 12月 22日

souvenir again.

昨日は、そぼ降る雨の大阪はここに...。
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大阪城ホール。

コンサートに行ってきました。その人の名は...。
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竹内まりや。


9月の旦那さんのコンサートに続き今回は奥さんのコンサートに。

まりやさんがコンサートをするのは前回のライブから10年ぶりということ。

アルバムSOUVENIR が出てからもう10年経つんですね。本当に早い。

今回は幸運にもコンサートに行けることが出来て本当に嬉しい。

コンサートは定刻通りに18:30にスタート。オープニングアクトはご存知Sentimental City Romance。

今回のコンサートはまりやさんにゆかりのあるセンチと杉正真理率いるBOXが東京、大阪のそれぞれ2日間の各1公演づつオープニングアクトをつとめる形式。

自分は迷わず前から見たかったセンチの公演を選択。

これが本当に良かった。特に告井さんの歌が良かったな。良いもの見させて頂きました。

さてセンチの演奏が30分ほど、その後楽器転換で15分、いよいよ主役の登場です。

旦那さんがバンマスをつとめる最強バンドの演奏が始まるとすぐ後にテレキャスターをかかえて登場。曲は「家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)」

ここから約2時間強怒濤の歌と演奏、そしてMC。

見れて良かった。

曲は良いし歌は凄いしバンドは最高。しかも今のところ10年に1度のペースのコンサート。

達郎さんとの2ショットやバンドメンバーとのやり取り。本当に心温まるコンサートでした。

残念なことに帰りの電車の都合でアンコールは見れなかったけど、本編の最後の曲でここ最近のまりやさんの曲で1番感動した「人生の扉」を聴けたので本当に満足でした。

その曲を聴きながら歳をとるのも素晴らしいものだと、そしてまりやさんの言うように1日1日を味わい深く生きていけたらと思いました。

音楽は素晴らしい。
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by 1971cb750k1 | 2010-12-22 11:49 | 音楽 | Comments(0)
2010年 12月 19日

session大会。

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昨日は地元のBarで行われたセッションに行ってきました。

今回、誘って頂いた主催の先輩は同じ時期に場所は違えど同じ病気で戦ってた方。

その先輩のMCで「生きてて良かったな」と言った言葉が身にしみるほど楽しい夜でした。

久しぶりに会う先輩や友達、初めて会う方々。演奏者も観客もみんな本当に楽しそうな顔。

お酒と共にみんなで入り乱れてやる演奏は久しぶりに感じた感触。

その音と匂いで久しぶりに思い出した感触は20代前半、音楽が楽しくて仕方なかった頃のもの。

その頃にお世話になった方々と今も同じようにやれるのは何かと奇跡だと旅立った尊敬するかつての少し年上の相棒を思い出しながら感じました。

主催の先輩、本当にありがとうございます。

いつも友と音楽に救われる我が人生。

「生きてて良かった」

これにつきます。
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by 1971cb750k1 | 2010-12-19 17:40 | 音楽 | Comments(0)
2010年 12月 17日

2ヶ月。

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昨日で納車から2ヶ月。走行距離は4,188km。

1ヶ月約2,000kmペース。飽きもせず伊勢志摩近辺をとことこと。

少しのトラブルはあったけどまず順調。人馬共に39才。共にがんばってます。

今後は最近の冷え込みにペースは落ちそうな予感。風も強いし。

でも寒い中で走るのは嫌いではない。旧車にも良い季節。

暖まったエンジンは寒空の澄んだ空気の中を伸びやかに走っていく。良い感じ。

入院予定まであと約3ヶ月。

どれだけ乗れるだろう。

いずれにしろ人馬共に健康で。
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by 1971cb750k1 | 2010-12-17 16:49 | バイク | Comments(0)
2010年 12月 10日

Eddi Reader

昨日は電車に乗ってとことことこんなところに行ってきました。
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Billboard Live OSAKA


誰を見に行ったかというと...。
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Eddi Reader

一般的にはあまり有名ではないかもしれませんが洋楽好きなら誰もが知ってるフェアグランド・アトラクションの名フロントマン。パーフェクトやハレルヤは色んな人にカバーされる名曲です。

そんなエディ・リーダとの出会いはフェアグランド・アトラクションではなくソロになってからのエンジェルズ&エレクトリシティというアルバムでした。

1曲目を聞いただけで虜になったことを今でも良く覚えてます。それから後追いで何枚かアルバムを買いましたが、どれもその歌声と曲、リズムすべてが素晴らしく毎回感動します。

そしてこの人の音楽を聞いて自分がワルツ好きだと確信しました。

そんなエディ・リーダは生で見たいミュージシャンの筆頭でした。

そして今回、縁があり見に行けることに。しかもゆったりと見れるであろうBillboardで。


さて当日電車に乗ること2時間少々、かなり寒い日の大阪。受付時間になり案内された店内はあまりにもアダルト。

受付番号が4番目ということもあり場所も選び放題。というかどこから見ても良く見える配置になってます。

ステージから少し離れた中央の席に決め早速ビールを注文。これがライブを見る前の高揚もありもの凄く上手かった。

空きっ腹ではまわりすぎると思い軽めのフードとビールのお代わり。すべてを食べ、呑み終えて最後にシングルモルトをほろ酔い加減で注文。

そんなこんなで開演時間。客電がだんだん暗くなり上手の方からメンバーが入場。

ここからは本当に素晴らしいひとときでした。シングルモルトを味わいながら手に届きそうなところで見たかったミュージシャンが現実にいる空間。贅沢。

マイ・ラヴ・イズ・ライク・ア・レッド・レッド・ローズという曲が始まった瞬間、去年から今年にかけての入院、退院してからの療養生活、そして来年の入院、その後の復帰への不安、そんなことが頭の中にふっと浮かびました。

入院してたどん底の時から思うと今ここで素晴らしいひとときを過ごせるすごさと感謝、来年以降のことを思うとこんな時間をまた味わえるようになるのがいつになるかわからない不安と悲しさ、何か色んなことを思い出したり、考えたりしてたら嬉しいのか悲しいのかわかりませんが泣けました。

でもライブ終了後本当に気持ちはすっきりしてて、がんばろうという気持ちになってました。

ここに来れる体と気持ちが今あって本当に良かったと。そしてまた来ようと。


それにしても贅沢な時間でした。Billboardは2部制で1ステージ約70分で割高な意見も聞きますが、あの距離であこがれのミュージシャンを見れるなら安いもんだと思います。それに昨日は80分やってくれましたし大満足です。


それとこぼれ話が。

受付時間までに時間があったので近くの休憩するところですわってると、どうも道に迷ってる外国人の方がいました。

あれっ?どっかで見たことあるぞ?と思って考えてるとその外国人の方は案内図を見てそそくさとその場を去っていきました。

その後、ステージが始まってあっ!そうか!!

何とここ数年エディには、なくてはならない人物、そして英国を代表するシンガーソングライター&エディバンドではG&VoのBoo Hewerdineでした。

話しかければよかった...。

英語できへんけど...。
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by 1971cb750k1 | 2010-12-10 17:18 | 音楽 | Comments(0)
2010年 12月 07日

想い出の相棒。バイク編その2。

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前回のつづき。

歯切れのいい音で自分を抜かしていったのは皆様ご存知のヤマハの名車SRでした。

先輩も乗ってたしロッカーズなどのカフェスタイルにも興味はあったものの、この時、頭の中はハーレー一色だったので対象外でした。

でもこの音とセパハン(画像は違います)のスタイルは衝撃でした。

たぶんこの日の2〜3日後にはバイクをSRに変えようとバイク屋に行ったと思います。この物欲→速行動は今も変わってないどころか磨きがかかってると思います。

そんなこんなでバイク人生2代目の相棒はSRとなりました。そのSRは画像のような初期型。これをセパハンに変えて乗ってました。

これがまた今思えば乗りにくいバイク。初めてのキックオンリーにも手こずったこともしばしば。

でもバイクに乗ってるという感じは満載。この初期型の意匠も無骨で男らしく好きでした。

このバイクに乗ったことがその後のバイク人生に大きく影響を及ぼしてます。確実に。

キック、アフターファイヤー、押しがけ、ケッチンなどなどすべて経験させて頂きました。ようするに調子が悪かっただけなのですが...。

今、旧車が好きなのもここが原点。

バイクらしい造形美と意匠、匂い。それに少しの扱いにくさ。

乗って良し、眺めて良し。

満たされる所有感。

自分のものなんだというその感覚。

トラブルも含めて...。
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by 1971cb750k1 | 2010-12-07 19:07 | バイク | Comments(0)
2010年 12月 03日

飯南さざんか。

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今日はこんな茶畑にバイクを停めて歩くこと数分。着いた先には...。

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山茶花(さざんか)の大木。

昨日たまたま聞いたラジオで言ってて行くならこの2〜3日のうちにという言葉に早速行ってきました。

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天然記念物。


昨日の新聞にも掲載されたみたいで結構賑わってました。場所は松阪の飯南町。大きくて良い匂いがしました。

茶畑にさざんか。日本の風景。良い感じ。


しばらく眺めて気分良く出発。すると松阪あたりで暗雲がたちこめてきました。嫌な予感...。

するとたちまち辺りは薄暗くなって突風が吹いたと思ったら雨がざーっと!

最悪...。

yahoo天気予報では晴れのはず。全くの大はずれ。この天気は家に着くまでつづく。

初めてCBを濡らしてしもた。悲しい...。

っと思ったら晴れてきたやん。空しい...。
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by 1971cb750k1 | 2010-12-03 15:22 | バイク | Comments(0)
2010年 12月 02日

想い出の相棒。バイク編その1。

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かつて、もしくは今現在も自分に夢と力を与えてくれる相棒(バイクや楽器etc...)を感謝と共に振り返ろうと思います。あまり意味はありません。はい。

では、早速。初回はバイクから。

自分のバイクと楽器感に大きく影響を与えたのは間違い無く人造人間キカイダー、もしくはキカイダー01だと思う。

自分達が小さい頃空前のブームだった特撮変身ヒーロー番組です。

すべてリアルタイムでは無いけどウルトラマンより仮面ライダー派だった自分はキカイダーシリーズが好きでした。そういえば電人ザボーガーも好きやった。バイクはかなりヘンテコやったけど...。

ようするにバイクヒーローものが好きだったように思います。

小さい頃これまた空前のブームだったスーパーカー(鈴鹿サーキットによく見に行った)も大好きやったし、親父はケンメリに乗ってたからスポーツカーみたいな響きには憧れた。未だにスカイラインという言葉には特別な物を感じるし、ストラトスを見ると心がときめきます。

でも乗るならバイク。前にも書いたけど親戚のにーちゃんがバイク好きで、家ヘ行くとバイク雑誌を見させてもらった。RZ350をRZサンパンと呼ぶところがかっこよかった。因みにエレキギターもこのにーちゃんの影響が大きい。

そんな小学生時代に作ったプラモはCB750F。これが自分はナナハンやと物心つくまで思ってました。

小学生後半になると近所には暴走族の暴走があちこちであって、ゴットファーザーのテーマを初めて聞いたのもこの時(笑)。この頃はXJとFXが多かったらしい。

その後、何故か中学生にしてバイクを持つ、たばことシンナーの香り漂う友達のバイクのスロットルを煽らしてもらっただけですごく嬉しかった。

そうして高校生になり本格的に音楽にのめり込む。バイクや車が欠かせない音楽が好きだったこともあり、この頃からハーレーやロッカーズ、ベスパなどに興味を持つようになった。

でも、この頃の「ハーレーダビッドソン」という響きは大リーグにも似た日本人には、ほど遠いそれはそれはもの凄いもののような感じで雲の上の存在だったように思います。

分けも分からずその時に名古屋にあったK&Sスタージスというバイク屋さんでもらった白黒のそれは大雑把なこれぞアメリカンなパーツカタログを友達と見てはその向こうにあるアメリカ文化に想いを馳せていました。

絶対将来はハーレーに乗る!と決めてました。この頃は...。

そして高校卒業して中免を取得。いざバイク屋へ!

そして人生初めてのバイクが「ビラーゴ250」!。

本当は400が良かったけど高いし、形も250の方が好きでした。

この頃ホンダはスティードがあってかっこ良かったけど本当に高くて手がでませんでした。後ろから見るとタイヤが太くてうらやましかった...。

その後、友達も同じビラーゴを買って後輩も購入(この後輩はその後カスタムに明け暮れ、本当にハーレーまでたどり着く)みんなで気分はイージライダーでした。

そんな感じで2〜3年は乗りましたかね。

ただこのビラーゴ乗り易いし良いバイクなのだが、当たり前ですが憧れのハーレーには程遠い。

何かが違う...。でもハーレーを買う資金も免許も無い...。

そんなところにエンジンから一本だけ出るマフラーから弾けた音を奏でるセパハンの単車が自分を追い越して行きました。

その瞬間、頭と体に衝撃が(ちょっと大げさかな?)走りました...。

つづく。
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by 1971cb750k1 | 2010-12-02 17:36 | バイク | Comments(0)
2010年 12月 01日

朔日参り→関宿。

本日から師走。今年も残すところあと1ヶ月。早いなー。

月が変われば恒例の無事に過ごせた1ヶ月を感謝し伊勢神宮にお参りです。今日は何かと賑わう朔日参りです。

朔日参りは毎月一日にお参りする伊勢の昔から風習らしいです。自分は商売をさせてもらった6年前から月に一回、伊勢神宮のお膝元で商売させてもらってることと、無事に1ヶ月を過ごせたことを感謝しお参りしてます。でも自分は一日とは限りません...。

本日も外宮、内宮の順番でお参りしてきました。内宮の紅葉は今が1番綺麗だと思います。その中でも五十鈴川の御手洗から眺める紅葉が素晴らしいのですが今日は工事をしててあまり見れずに残念でした。

でもいつ行っても心が清々しくなります。感謝。

そんなこんなで朔日参りに行った後は晴れの日恒例のバイクツーです。

今日は何も行き先が決まってなく当てもなく出発です。

何となく松阪方面に上って行き、亀山の方へ出向きぷらぷらして着いた先は...。
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関ドライブイン。

今も昔も何かと分岐なとこ関宿

ここの関ドライブインは結構大きいドライブイン。本日もいっぱいの観光バスと観光客。

三重から出向く人、三重に来る人、そんな人達の憩いの場所。

もう少し早ければここから久しぶりに下道で滋賀方面に行くところですが本日は時間が無いのでこのまま帰るとします。

この辺りも本当にのんびりと良い道です。

それにしても師走やというのに暖かいな。
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by 1971cb750k1 | 2010-12-01 17:23 | バイク | Comments(0)